5. Leipzig

 

  ニーチェとLeipzih(ライプツィヒ)

 

 ニーチェはボン大学を1年間で退学した後、1865年10月にライプツィヒ大学へ移籍しました。ライプツィヒ大学ではリッチュル教授の下で古典文献学を学びました。

 

  ライプツィヒの一般情報

 

 

  この街には時代を通じて文化人が多く住んでいました。ちなみにニーチェ関連でいうとR. ヴァーグナーはここライプツィヒで生まれています。写真(右)のCafe Baumは1566年創業で、シラー、レッシング、ヴァーグナーも常連だったとか。
 またここはゲヴァントハウス・オーケストラの本拠地としても知られています(写真(左)がGewanthaus)。この高名で由緒あるオーケストラでは、かつてメンデルスゾーン、ヴァーグナー、チャイコフスキー、フルトヴェングラーが指揮者として活躍しました。
       
 ゲヴァントハウス     メンデルスゾーンの家(*1)   Thomaskirche(*2)内にあるバッハの墓   Cafe Baum
 *1メンデルスゾーンは最晩年の2年間をここで過ごした。 *2バッハは1723-1750の間、Thomaskircheの合唱指揮者を務めた。
 



 

 Uni. Leipzig

 

ボン大学とは対照的に、ライプツィヒ大学にはニーチェのいた当時を伝えるものはなさそうでした。高層ビルが街の中心に建ち、工事中の場所が多く、街の様子が急速に変化している――ライプツィヒもこうした旧東側の都市の特徴を備えており、まさに大学がそうでした。
 
写真左:校舎は新しい。ライプツィヒの顔のひとつとなっているうしろの高層ビルも、かつては大学の建物でしたが、現在はTV局の所有となっています。

 写真(右)
  大学の中庭

 



 

 Auerbachs Keller, Nikolaikirche

  
  ニーチェは、アウアーバッハス・ケラーやニコライ教会を訪れています。
 
 写真(左):アウアーバッハス・ケラーはゲーテの『ファウスト』に登場する酒場。若きゲーテはかつてライプツィヒ大学で法学を学んでいました。店の前にあるのはファウストとメフィストフェレスの像。現在は観光名所と化しています。
 
写真(右):ニコライ教会。ライプツィヒで最も大きな教会です。

 

 




・・・以上、2002年夏訪問・・・


ちなみに、トーマス教会の近くに
Kandlerというカフェがあり、いつも賑わっています。
ここにザッハ・トルテをもじったとしか思えない
「バッハ・トルテ」というケーキがあります。
これがただのダジャレかと思いきや、ケーキとして美味しい!
バッハ博物館とともに、ぜひこちらもお楽しみください。


(2021年訪問・撮影)



 



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