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Luzern(ルツェルン)とTautenburg(タウテンブルク)とニーチェ
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このページではニーチェとルー・ザロメの間に生まれたエピソードのゆかりの地として、ルツェルン(スイス)と、タウテンブルク(ドイツ、イエナ近郊の小村)を取り上げております。
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ライオン記念碑(Löwendenkmal) |
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ルツェルンのライオン記念碑は、1882年に、ニーチェがルーと会うために待ち合わせをした場所らしい。
ライオン記念碑は、氷河公園のとなりにあります。フランス革命下の1792年にパリでルイ16世を守ろうとして全滅した786人のスイス傭兵を記念してつくられた慰霊碑です。
実際に行ってみたところ、観光客はぱらぱらといますが、木々に囲まれた静かな場所でした。
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タウテンブルクの一般情報
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タウテンブルクは原自然的な、すぐに一周できてしまうほんとうに小さな村でした。交通手段は極めて本数の少ないバスのみ。(ちなみに片道2.70Euro。)
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タウテンブルクは、ニーチェがルー・レーとの「三位一体」の共同生活を計画したところです。
ただ、この計画は結局実現することはありませんでした。
バス停横に、村を訪れた有名人を記す看板を発見しました。
"der Philosoph Friedrich Nietzsche und Lou von Salome(1882)"と記されています。(写真右、下から3分の1辺り)。
蛇足ですが、フランツ・リストやマックス・レーガーの名もありました。
写真(左):やはりヨーロッパはどんなに小さな村でも必ずあるんですね、教会。
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(左):手前の白い建物は1721年に建ったので、ニーチェがいたときにもあった計算になります。
(右):バス停横では馬を飼っていました。それにしてもすごい静けさ・・・。 |
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おまけ |
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タウテンブルクからイエナへ帰る途中のバスの中で、現地で購入したイエナの地図を見ていたら、偶然"Nietzschestrasse"を発見。
しかもバスがこれからまさにその近くを通る!本数の少ないバスを降りるのは勇気が必要でしたが、たまらず下車。ふつうの住宅が数軒あるだけの小さな「ニーチェ通り」を見つけることができました。
(お陰様で帰りもなんとか路面電車を探し出し、ホテルまで帰ることができました。) |
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・・・以上、2002年夏訪問・・・
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